第四章 妖精と地精の国

プロローグ 笑顔のプレゼント

 火に焼かれる村がある。

 夜の空が炎の赤で真っ赤に染まり、村人の悲鳴が響き渡る。

 子供も大人も関係なく、ただひたすらに逃げ惑い助けを乞う声だけが響き続ける。

 原因は盗賊だ。十数名の規模からなる中規模の盗賊団。

 しかし、自警団もいないような小さな村にとっては中規模の盗賊団ですら災厄となる。

 家は焼かれ、金品は奪われ、男は殺され、女や子供は捕まっていく。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。しかし決して珍しい光景ではない。

 

「ひゃははははははっ、殺せ、奪え、犯せっ!!」

「全部全部燃やし尽くせぇええええええっっ!!」


 楽しそうな声を上げるのは盗賊だけだ。目の前の人を人として見ていない。ただの獲物として狩ることを楽しんでいる。

 そして、そんな光景を見つめ続ける少女達がいた。

 一人は長い銀髪をたなびかせ、死んだ魚のような目をした少女。その少女はただジッと無感情な目で起きている惨劇を見つめていた。もう一人はショートボブの派手な金髪の少女。銀髪の少女とは対照的に目の前の光景に目を輝かせていた。


「燃えてる……」

「いやー、すっごい派手だねぇ。それにすっごく楽しそう!!」

「……ワンド、それ本気で言ってる?」

「え? もちろん本気だけど」

「だと思った。魔剣のあなたにはこの光景も大したものじゃないもんね」

「クランは違うの? すっごく楽しそうでいいと思うんだけど」

「……足りない」

「え?」

「確かに楽しそうだけど、楽しそうなのは盗賊達だけ。村人達の笑顔が足りない。そう思わない?」

「……あはっ♪ うんうん、確かにそうかも! せっかく笑顔になるなら、盗賊達だけじゃなくて村人達も笑顔にならなきゃもったいないよね!」


 銀髪の少女――クランの言葉に金髪の少女――ワンドは心の底から同意した。

 クランは懐から上半分だけのピエロマスクを取り出すと、顔に装着する。


「悲劇も惨劇もいらない。この世界には喜劇だけあればいい。そうでしょ、ワンド」

「うん♪ 笑ってられるのが一番だもんね!」

「だから笑顔をプレゼントしよう。みんなが幸せになれるようにね」

「私たちの力でみんなを笑顔にしちゃおう!」

「行こうワンド。ううん、魔剣【ワンダーランド】」






□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 翌日。近隣の村からの要請を受けてやってきた騎士団は目の前の光景に愕然としていた。

 盗賊の夜襲によって焼け落ちた村。ありふれたというには酷だが、騎士団員にとっては年に何度かあるようなものだった。

 そこにあるのは悲痛な表情を浮かべた死体。救いを、助けを求めながら死んでいったもの達の死体だ。

 しかし、今回は違った。


「な、なんだこれは……」

「わ、笑ってる?」

 

 それはあまりにも異様と言える光景だった。

 駆けつけた騎士団が目にしたのは、満面の笑みを浮かべて死んでいる村人と同じように満面の笑みを浮かべて死んでいる盗賊達だった。


「いったい何があったと言うんだ……」


 いっそ恐怖すら感じる光景に騎士団の隊長は思わず身震いした。

 そんな時だった。


「隊長、生存者です!」

「なんだと!」


 周囲を捜索していた隊員が生存者の発見を報告する。

 慌てて駆けつけると、瓦礫の陰に隠れるようにして身を震わせている少年の姿があった。


「……きゃ……わなきゃ……」

「落ち着け。もう大丈夫だからな。ゆっくり深呼吸するんだ」


 少年の心を落ち着かせるためになるべき穏やかに、優しく声をかける。しかし少年はそんな言葉には耳も貸さずに小さく何かをブツブツと呟き続けていた。


(何を言ってるんだ?)


 少年の言葉に耳を傾けた隊長は、耳を疑うような言葉を聞いた。


「笑わなきゃ笑わなきゃ笑わなきゃ死ぬ笑わなきゃ死ぬ、笑わなきゃ殺される、笑わなきゃ殺されるっ」

「い、いったい何を言って」

「あははははははははははははははははっ!! あははははははははははははははははっ!!」

「ひっ」


 突然狂ったように笑い出した少年に隊長は言い知れぬ恐怖を感じた。


「お、落ち着け、落ち着くんだ!」

「ははははははははははははははははははっっ!! あははははははははははははははははっ!!」


 周囲の隊員と一緒になって笑い続ける少年を止めようとするが、少年は止まらない。何をしても笑い続けたままだった。

 そして――。


「あははははははははははははははははっ!! はは……あ――」


 グニャリと少年の顔が歪む。そして少年は村人達と同じ満面の笑みを浮かべると同時に死んだ。

 あまりにも突然のことだった。


「な、なんなんだ一体。この村でいったい何があったというんだ……」


 結局この事件はうやむやにされたままになった。村人や盗賊の身に降りかかった“何か”からは目をそらし、いつもと同じ盗賊の襲撃事件として処理されたのだ。

 その場にいた誰もが、必要以上に関わることを恐れたのだ。もしかしたら同じことが自分の身にも起きるのではないか、そんな恐怖に襲われて。

 裏にいた魔剣使いの存在には気づくこともないままに。


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