情景287【朝、黙想】

 床に畳を八枚詰めた座敷に、古めかしい座卓を置いただけの書斎。今朝はそこに胡坐あぐらして、手は握って腹に置き、目を閉じていた。黙想。朝の風がそよぐ。

 ゆっくりと目を開き、首だけ庭の方に向けて外を見た。風はよく晴れた庭から、縁側を抜けてくるらしい。障子が、風を迎え入れるようにして広く開いていた。向きをを正面に戻す。

 視線の先には、半畳ほどのとこの間があった。今朝は、何の掛け軸も置物もない。奥のとこは朝日の入る縁側からも遠く、ひそやかに影が降りていた。

 ——何か、飾ってやるかな。

 胡坐したまま、目を細めて床の間の方を見やり、頭をひと捻りしてみたものの、妙案は出ず。ともあれ、板を敷いて花瓶に椿でも挿してやれば、それなりに映るだろう。そんなことを思案していたら、家内が茶を運んできた。

 ついでに、

「あなたはまた、そんなよくわからないことをして……」

 などと言って、苦笑いする。

「黙想と言うんだ。自分の内面に語りかけているんだよ」

「今度は、どこのカフェーに繰り出そうかしらって? 程々にしてくださいよ」

 そう言い残して退去したと思えば、今度は庭から、板とたがで組んだ手桶を持ってきてとこの間に置き、花瓶の代わりにしてしまった。そんなものが床に合うものかと横目で眺めていると、庭に咲いていた梔子くちなしの花を摘んできては適当に挿していく。しずくが床につかぬよう、手桶の下に擦り切れたボロの緞通だんつうを敷いた。

 いざ整えば、奥にあっては光の遠い床の間は、路傍の木陰の気風をそのまま切り取ったようで、悪くない。

「ほう。これはこれで……」

 と、勝手に腹から声が漏れた。

 家内は、こちらに得意げな笑みを向けるだけ向けて、そそくさと表の方に出ていった。

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