情景203【夜十一時の静かな居間】

 視界にちらりと、

三更さんこう

 という単語が目について気になった。

 コタツの向かいで国語の過去問に取り掛かっていた妹の、解答ページの解説欄に、「三更」の文字が黒いインクでかたどられていてそれがちらつく。夜も二十三時を過ぎたころ。

 コタツに足を突っ込み、小説を紙で読みふけっていた。テレビもつけず、ゆっくりと一ページ、そしてまた一ページ。文庫本の薄紙をはらりとめくる音以外には、妹が走らせるシャープペンシルの擦れる音と、少し離れたところで唸る暖房の音。

 風呂を出てからなんとなく、勉強するこいつの向かいで静かに過ごしていた。

 テキストをしげしげと眺めていた妹が、

「参考って言った?」

 と、首をひねる。指をさして、

「いや、三更」

「……ヘンな言葉」

「ちょうど、今ぐらいのことだろ」

「は?」

 それから壁にはりつく柱時計を見て、

「ああ」

 と気のない返事をしてから、また視線をテキストに戻した。

「ねぇ」

「なん?」

「お茶」

「……」

 腰を上げてコタツから離れる。カーペットから指を離したとき、暖かい毛足の余韻が指の腹に残った。

「座ってろ」

「立つ気ないから」

 それから台所に立って、お急須に茶葉を雑に放る。電気ポットのロックを解除した。湯を注ぎながら、コタツで背を丸めて勉強を続ける妹の方に視線がいく……。

 ——もうすぐ、私立一般。

 ぶつくさ言いながらも、ああして毎日夜遅くまでペンを走らせてがんばっている。

 あいつが寝るまで起きておくか。

 ぼんやり眺めていると、急須で撥ねたお湯が指にふりかかった。

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