情景202【湯けむりに夜風】

 お風呂は、乾いて荒む人肌とメンタルを温めてくれる。

 湯舟にどっぷりと浸かり、だらしなく足を伸ばした。身体がほぐれていく。湯の張った浴槽をゆらゆらと漂う感触を楽しみつつ、足をちょっとそらに出してみたりして、指先をうにうにと動かす。外で冷まされた足先が熱でじんわりとほぐれていくのを堪能していた。

「我ながらはしたないね」

 とか、足を上げたまま独りごちる。


 ふと思い立ち、手を伸ばして窓をそっと開けてみたくなった。浴室に充満する湯気の中に風をそよがせたらどうなるか。それがちょっとだけ気になったから。

「ん、よっと——」

 一瞬、ひやっとした空気が肩に触れる。垂れた髪の一束が頬に張りついて冷たかった。頭上に白く充ちた湯気が、冷めた透明な風に打ち払われていく。

「……さむッ!」

 顔を上げていると鼻がむずむずしてきて、湯舟に浸かったままくしゃみをした。反射的に窓の端を掴んで引っ張り、しっかりと閉じて窓の鍵を閉める。駆け込んできた最後のひと風が、私の湿った頬を突っ張った。

 外は、真冬の夜。

「……」

 指に残る窓枠の冷めた触感。

 窓を閉じたときの、網戸越しに捉えた霜夜の闇が目に焼きついている。


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