情景267【バイトと自動ドア】
ガラス張りの自動ドアが、自分の意思でドアを閉め切ろうとする。閉じきる瞬間、店内に滑り込んできた風が、私の前髪をふわりとなびかせた。
もうカフェの開店時間。換気のため半開きにしていたドアを自動開閉に切り替えた。
「はい、いらっしゃいませー」
そう言ってはみたが、誰もいない。
ドアマットを足で出入口ギリギリに寄せつつ、無人の出入口で呟いた。
店を開けたからといって、すぐに満員御礼になるものでもない。自動ドアが閉じて、店内の空気が外と切り離されれば、今度は店内の空気が静けさで凝り固まりはじめる。そこに適当なボサノヴァが流れ出し、眠気を誘って店の回転率が落ち——もとい、居心地の好い空間に切り替わるのだ。
「栄えある本日の第一号様は、何時ごろにお越しですかねェ」
という私のフリに店長はスルー。
昼のピークタイムに入るまで、もう少し時間がある。店長は眉間にシワを寄せながら、ミニイーゼルにチョークであれこれ描き込んでいた。
その絵心は認めるものの、
「ミニイーゼル、情報量の過積載」
「無駄に川柳っぽく言うのね。新俳句大賞に応募してみたら?」
今度は過敏に反応してくる。
「字、ちっさっ。どんだけ載せたいんスか」
「アナタ。いくら花粉症のオフシーズンに入ったからって……」
「花粉症じゃありません」
ていうか、今日びの花粉症にオフシーズンなどない。
店長はボードを睨んで手を動かしつつ、
「私のボードをディスるなんて、少々イキりがすぎるんじゃない?」
「あ、いらっしゃいませー」
店長はびくっと立ち上がった。むろん、自動ドアは閉じたまま。
「勘違いでした」
「オトナをからかうんじゃないよ!」
店長の血圧が高まりだしたところで、本当にお客さんが入ってきた。ひとり入ってきたら、またひとり。自動ドアが人間を店に受け入れ始める。
例の過積載イーゼルを手に取り、店の軒下に飾ってやろうと外に出たら、通りがかりの男女が尋ねてきた。
「もう開いていますか」
外の空気は清々しいもんだね。
「ええ。いらっしゃいませ」
ここからは仕事の時間。
意気揚々とカウンターに入って機械に珈琲を淹れさせる。そして、ふと思い立った。
——いや、最初から仕事の時間だったな。
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