情景106【夏の匂い。道端の】
最初、これはなんの匂いだっけって思った。
帰り道、仕事に疲れ重たい足を引いて地面を削るように歩いていた。地べたのアスファルトが革靴の底で擦れて、ざらりざらりと音が鳴る。住宅街の路地に入ったあたりで、通り過ぎる自分に纏わり付いてくるその匂いが自分の鼻をくすぐった。
この匂いが、自分の内側にある疲れたそれをハッと目覚めさせる。
色のない煙が漂うような、そんな空気。そういえば、今年はまだ花火を見ていないかな。
ふと、ご近所さんを通りがかったときに垣間見る。
縁側で馴染みの姉さんが、一本のマッチ棒を手に取った。
「シュッ」と鳴らす。
点いた火が、そのまま蚊取り線香に乗った。
その煙は一瞬だけ白く、そのまま風に浚われて消えていく。
匂いだけが、自分の鼻を衝いた。
そのとき、忙殺されていた自分が「ここ」に戻ってくる。
表情が綻んでいるのが自分でもわかった。
ああ、そうか。この匂いだったんだ。
それまで、そんな簡単なことすら忘れていた。
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