情景217【仕事あがりの帰り道に】

 彼女が差し出したコンビニコーヒーを受け取った。カップを握った手が指先からピリピリと、シビれが伝うように熱を感じ取る。カップの小さな口からわずかに漂う湯気をなんとなく眺めた。

 今日、慌ただしくてどこかもの寂しい一日を過ごしていたなかで、はじめて温かい飲み物を手に取った気がする。

 とうに日が暮れた帰り道。職場を出てそのまま彼女と合流したところだった。

「なァに、ぼうっとしてるのよ」

 帰り道を辿るようにして人込みの波に乗って駅へ向かう。コーヒーの入ったカップを持ったまま。

「カフェモカがよかった?」

 歩きながら長い黒髪を揺らす彼女の手元にも、同じカップが握られている。

「いや、ちょうどブラックな気分だったし」

「なに、ブラックな気分って。そのたとえ、別にウマくなくない?」

「なくないかな……」

 ともあれ、握ったカップからじわりとしみるように温かみが伝う。自分が一口飲んでみると、彼女も続けていちどカップに口をつけた。

「あっつ。あと甘っ」

 それから、

「私もブラックにしておけばよかったかも」

 それで、ちょっと吹きだす。

「そうしたら、感想は『苦っ』に変わっていたんじゃないの」

「かも」

 街の暗がりに紛れ、煌々と明るい駅のプラットフォームを眺めて歩きながら、他愛のない話に花を咲かせていた。

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