情景141【この子は笑いの沸点が低い】

 黄昏たそがれいとまもなく、陽は沈んでいった。

 学校の帰り道。道筋が途中まで重なる同級生の女子と一緒になって、他愛のない話題を探して振りながら、自転車を押して歩いていた。暮れ方にひそめく秋の虫の音を、耳で拾いながらアスファルトを踏んで歩く。

 制服は九月いっぱいまで夏服期間だけど、もう半袖では肌寒いな。

 渡る予定だった歩行者信号が赤の色を点けている。押しチャリだけど、なんとなく右のブレーキを引いて立ち止まった。

 ふいに上を見上げ、つぶやく。


 ——くっら。


 そのまんま口に出して言うと、彼女がぷっと吹き出した。

 え、なんか笑える要素あった?

「いや、だって——」

 だって、なんですか。

「いきなり空にツッコミ入れてて、ウケる……」

 空に、ツッコミ。


 ——なんスかその着眼点。


 とはさすがに言わないが、なんの因果かツボに入ったらしく、彼女の内側からジワジワと沸いているらしい笑い声を堪えていた。

 笑いの燃費いいな、この子。

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