情景61【「聴きたい」と「浴びたい」のあいだ】

 残業は嫌だろう。

 定時が過ぎたところで仕事を放り投げ、そのていで帰宅した体は、とにかく潤いと癒しを求めていた。なにも考えずに仕事鞄を部屋の隅に置おいて、ジャケットを埃だけ払って収納の奥に仕舞う。この空間から、仕事の痕跡を極力消し去りたかった。

 スマートスピーカーが自分のつぶやきを聞き取ってくれるかは知らないが。


 ——なんか、再生して。


 ポンと機械的な音が鳴り、好きな曲を再生される。

 空気の読めるやつ。それでふと、ひと息つくことができた。


 ——シャワー、浴びないと。


 どうやら自分は、疲れているらしい。

 行動と思考がちぐはぐで、いちど再生した曲を停止しないままに、浴室へ行ってしまった。


 とりあえず、一曲聴きたいんじゃなかったっけ?

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