情景121【草莽と夏風】

 銀の車に乗って林道を駆け抜けていた。

 海沿いの荒れたみちを走破していく。タイヤが赤土と砂利を踏みしめていた。左右を雑木林が囲むみちの先に点を穿うがつ白い光がしだいに大きくなっていく。

 ——その光を抜けた。

 フロントガラスの眩しさに、一瞬だけ目を細める。


 夏の晴嵐せいらんが草原を舞い踊っていた。草原が自分たちを出迎えてくれている。

 そしてその奥に、一軒のあばら家があった。


 車を止め、エンジンを切ると空調の音が止む。空気の流れが緩慢になった。

 ドアを開けてしまえば、外の蒸し暑さを思い知ることになるだろう。そう思うと指を動かすのも億劫だが、草原に囲まれたあばら家を見ると、不思議に手を伸ばし、腰を上げたくなった。


 あの家はこうして、誰かが住むこともないままあそこに在る。

 そうして、ごく自然にさびれてしまった。

 誰かが住んでいた当時の、その気配をそこに纏わせたまま——。


 車のドアを開ければ案の定、夏の晴嵐が吹き込んでくる。

 踊るように。出迎えるように。

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