情景120【夏野。風の踊り場】

 じりじりと素肌を焼くような陽ざしを浴びて、その日和に夏の盛るさまを思い知る。眼前には夏草の原っぱが広がっている。それが風にさぁっと、一斉になびく様子を見れば、その瞬間だけはこの暑さを忘れられる気がした。炎節に垣間見る若々しい緑が陽光を浴びてきらめいている。

 夏野は一面に降りかかる陽の熱を受け入れ、呼吸するように草いきれの匂いを発していた。その匂いは漂って、ここまで届く。夏草の芳しいそれを鼻から吸い込み、場の空気を身の内に溜める。


 ——この場所は、別に。

 取り立てて何かがあるわけじゃない。

 むしろ、何もないがある場所。

 ただ、伝え聞いたひとつのことが脳裏によぎった。


 この野原にも、数百年を遡れば平城が建っていたという。

 戦の一舞台となり、忠義の士たちが功名を競ったとも聞いた。


 でも、目の前に広がる夏野を素直に眺めただけで、誰がそれに気づくかしら。


 だって、その痕跡はもはやどこにも残されていない。それを知らせる立札すらない。眼前には風になびく夏草の野原が広がるだけ……。


 ただ、それを知ってしまえば、つい在りし日を偲んでしまう。

 あったかどうかもわからないような、在りし日を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る