情景119【送り火】

 居間にはひんやりとして涼しく心地いい空気に満ちていた。

 空調の行き届いた部屋で、窓際に置かれたソファに寝そべっている。寝返りを打って手を伸ばしてカーテンをめくってみれば、外は深い藍色の空に星が瞬いていた。窓の外は縁側が据えられて、そのまま庭に通じている。


 晩ごはんを済ませ、父は瓶ビールとグラスを手元に置いて、母は洗い物に勤しみ、祖母はテレビをぶつぶつ何かを物申しながら見ていた。私は寝そべったままスマートフォンの画面に指を滑らせている。隣の畳部屋に鎮座する仏壇はお盆仕様に整えられていて、提灯やお供え物が飾られて賑やかにしていた。

 ——きゅうりとなすに割り箸を差し、精霊馬と精霊牛。そして盆棚を囲む盆提灯。

 送るものと、迎えるもの。


 誰かが口にした。

「……そろそろ時間だな」

 すると、自然とそれに同調する声があがり、

「そうね。あんまり遅くなっちゃうとね」

 すると、ひんやりと心地いい空間に、何かが沈んでひっそりと静まるような……そんな空気が包んでいく。透明の帳が降りるような……そんな感じ。


 縁側にはオガラの乗った素焼きの皿が置かれていた。

 父がマッチを手に取る。

 そして、おばあちゃんが窓を開けた。

 冷房の効いて乾いていた部屋に、むわっと夏のいきれた生の空気が交じる。

 そよぎ寄る、草いきれの風。その風に、オガラの焚いた匂いが乗った。


 こちらに来ていたあのひとたちは、きゅうりとなすの馬と牛と共に、この蒸した夏の風に運ばれて向こうへと帰っていくのだろうか。

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