情景122【袖を笠にして】

 オフィスで仕事に翻弄されていた折、雨が降っていると聞いた。


 職場は窓が遠くて、その窓もブラインドが降り切っているものだから、外の様子がさっぱりわからない。そんな建物の中にいると、外の天気すら忘れてしまうことがたびたびある。

 そのせいで、帰るときに傘を忘れてしまうことがしばしば。そういったことがあるから、建物の中にこもり切りの仕事は少し気に食わない。


 雨が降ったという話も確認する暇すらないまま心の矛先は業務へ舞戻り、退社して出入口に立つまでそのことを忘れてしまっていた。手にはバッグを持っていただけ。出入口で雨の話を思い出すていたらくだった。


 情報の通り、雨が降っている。

 ただ、それは細雨と呼んでもいいのか悩ましいくらいに、かすかでけむるような雨だった。


 ——いけるか。ダッシュで。


 腕をちょっとだけ上げて、それを笠のようにして。

 駅のホームまで小走りで行こう。

 パンプスはロッカーに置いてきた。スニーカー万歳。

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