情景238【雨中のキノコ】

 雨後うごのタケノコって言葉がある。

 春早々、長雨ながあめに街が捕まってしまったらしく、もっぱら閑古鳥が鳴いていたバイト先の店長は、春雨しゅんうの明けた先にある千客万来せんきゃくばんらいを妄想してSNSを更新していた。

「妄想は言いすぎだろ」

 心を読まないでください。

「投稿くらいなら私がやるのに」

「アナタに任せたら三日で炎上するからダメ」

 せめて一週間はたせるわ。ともあれ、いずれ来る雨後のタケノコのために、今は雨中うちゅうで仕込みの真っ最中。

「しかし、ヒマも飽きるな……」

 拭き掃除に掃き掃除。機器のチェックに納品と発注。やることがないではないが、お客さんがいなくていまひとつ張り合いに欠けることは否定できなかった。


 カフェは外側の壁がガラス張り。テーブルを拭く中でふと壁際に寄る。ガラスに映る半透明の自分の先にあった外の景色を眺めた。そっと手のひらを近づければ、ガラス越しにひんやりとした空気が伝ってくる。道挟んで向こうには、雨中にも賑わう一軒のトラットリアがあった。

 きびすを返し、

「店長」

 軽く話を振る。

「雨のとき、街中に生えるってキノコってなんだと思います?」

 そう何気なく謎掛けを振れば、店長は一瞬考え込んで答えた。

「サボリダケ」

「なんで私を見ながら言うんだよそれを」

 ため息をついてから、

「あれですよ」

 と、親指でガラス壁の外を差す。

 店向かいのトラットリア。そこに傘を差して行列を作る人々。柄を握り、紺や赤やゼブラ模様など色とりどりのカサをかぶったキノコの列だ。

「ああして雨の中をわざわざ並んでいるのをみると、まるでキノコの列みたいですよね」

 店長は「あぁ……」とさして興味もなさそうに反応したが、また一瞬思案する。

 そして、

「あてつけかっ!」

 カウンターのテーブルを叩いた。

「えっ。……あっ」

 ウチの店はヒマだった。

「あっ、じゃないよ!」

 そんなつもりはなかったが、あてつけにならなくもないな。

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