情景239【風車村の朝支度】

 朝、窓を開けると気持ちの好い恵風けいふうが額に触れた。陽光を浴びた風が、川の両脇に茂る草の上を撫でている。家はその川沿いにあって、二世紀は昔の時代をそのまま今に持ってきたような古臭い洋風建築だった。

「今日の風の方向は——」

 木枠のガラス窓を開けると、蝶番ちょうつがいがキィと鳴く。叩けば割れそうな乾いた窓。身を乗り出して川を眺めれば、一隻の渡し船がたゆたうように横切っていた。

 川沿いに風車が十九基。

 二百年以上使い倒している原動力。昔ながらの知恵を今に活かしている場所。

「父さん! さっさと帆を張ってしまおうよ!」

「もうやってるよ」

 父はもう外にいて、吊り下がる帆布はんぷを引いていた。

 帆布のない風車の羽は、魚の骨みたいにスカスカ。父は、網目状に走る骨組みを梯子はしごの要領ですいすい登っていく。

 そして、帆を張ってから空を見つつ風の方向を確かめた。角度を決めて足で舵を踏み、風車の角度を調整する。手で押し込み、足を使い、力技で十トン以上ある風車の羽を動かした。

 押して、踏んでを何度か繰り返すと——。

「……おっ、きた」

 羽が回転しはじめる。

 これは、運河の国が編み出した排水用灌漑設備はいすいようかんがいせつび

 文化財に指定された風車の面倒を見るために、私たちは朝から風を浴びている。

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