情景240【風車村で音を聴いて】

 風車が回りだした。風と日差しを切るように気持ちよく回転する。父さんはその様子をしばらく外で眺めていた。風車が機嫌よく回りだせば、その力が家にみなぎる。

 風車とは、地球を巡る自然の力を私たちが借りるために作り出した仕組みのこと。風車は干拓のため、穀物こくもつの栽培のため、地球から動力を抽出ちゅうしゅつしてわたしたちの生活を助けてくれている。

 そして風車が回れば、風車のある家の中は風車が生む音と振動に包まれるのだ。

 この古い家屋には大きな石臼いしうすがある。この家の風車は、人力ではとても回せない臼を回して粉をく役目を持っていた。

 ギシッ、ギシッと、一定のリズムで音が鳴り、建物を伝って振動がやってくる。窓際で椅子に腰掛けていると、かすかな振るえが断続的に背中に触れた。ただ、その振動が妙に体に馴染んできて、それに身を任せつつ窓からる白い陽光を浴びているうちに、眠気が寄ってくる。


 ——ヘンに静かだな。風車が鳴ってるのに。


 屋根の上で羽が回りはじめて、二世紀。

 耳慣れた音と一定のリズム。それだけの空間にたたずんでいると、音と振動の領域がしだいに曖昧になってくる。風車の力に揺すられる家のきしむ音。この音と振動が、うつらうつらとする私の今の在り様を曖昧にした。


 ——ずっと前にここにいた誰かも、こうして緩やかに過ごしていたのかな。


 日が少し高くなり、窓から差し入った光は静かに膝元を照らしている。

 時は確かに先へと流れているらしい。でも、この風車を成す木々の軋む音と振動が、私の後ろ髪を引いて在りし日へ連れて行こうとする。

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