情景155【月明りのさやけさ】

 すっかりと夜も更ける中、硝子戸を開いて外に出る。吐く息が白み、それは瞬く間に霧散した。

 たった今まで、周囲に自分だけしかいなかったはずの空間に、人の気配を感じ取って振り返った。

「あら、いたの?」

 月夜のさやけさに感じ入りつつ、目の前にいた彼の纏うほのかな温かみを想う。

「ああ。たった今、ね」

 彼は特に取り乱すこともなく、悠然と私の方へと歩みを寄せた。部屋とバルコニーとを隔てる硝子扉に寄りかかり、気安げに「室内に戻らないか」と声をかける。

「冷える夜だから」

 そう言われて、落ち着いた所作で室内に戻り、ソファの背に寄りかかって彼をゆっくりと見据えた。

「部屋に入るまで気がつかなかったわ」

「どうも」

 私は視線を窓の外を眺めたまま、

「なにか?」

 彼も、私の様子を伺うようにちらりと見ながら、

「大したことはない」

 と言っただけで、ソファの前に置かれていたテーブルに視線を垂らし、備えてあったティーセットを淡々と並べはじめる。

「君が用意したの?」

 おもむろに頷き、

「他愛のない、時間つぶしにね」

 ティーポットから注がれる紅茶は、大袈裟に白い湯気を立てていた。

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