情景156【死者はそこにいる】

 亡くなったひとの年を数えることはない。

 ひんやりとした風が、イチョウの葉を空に躍らせる昼日中。夏を遠くにやってしまった肌寒さをあらためて抱きつつ、七分袖から出した手首にそっと指を添えて、この霊園の乾いた空気を感じていた。


 もう、お盆からしばらく経つ。お墓の掃除に繰り出し、散って枯れた枝葉を掃いて砂利道を整え、墓石を拭った。さっきまで煤けていたこの場も艶を取り戻す。

「命日だから」

 手ぬぐいを握ったまま見上げた空は、冷ややかに遠く高かった。


 目の前には、あのひとが眠るお墓がある。

 今、ここだけ。時が止まってしまったかのように、今も昔も変わらず、在りし日のあのひとのために訪れていい場所だった。


 かつていたあのひとが、今はここにいるかだなんて、本当は知らない。

 でも、この場所があるから、手を合わせて思いに触れられる。脳裏にふっと沸く記憶のかけらと残響が体を巡った。


 私の中のあなたは、変わらないなぁ。

 思い出せることもありきたりだよ。

 ただ、私はいくつか変わったかな。時が経つ分だけ変わっていくんだからさ。それでも、目の前のあなたは変わらない。


 ふいに、眉と目の上瞼がやわらかく垂れた。冷めた風が天頂に吹きあがるように、視線が上を向く。

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