情景157【飛行船と見張り台】

 かつて、空を飛びたいという夢を叶えたひとたちがいた。

 そのひとたちの残した軌跡の先に、僕らの船があり、僕はいま一隻の飛んで行く船のクルーとして、雲の上に立っている。

「さっむッ……!」

 指先がかじかみ、口からか細く白い息が漏れた。


 乗っているのは、硬式飛行船と呼ばれる大型の飛行機械。雲上で暮れなずむ空に囲まれ、むき出しの見張り台で同僚とふたり、望遠鏡ひとつのワッチ作業に勤しんでいる。

 幸いにも風自体はさほど強くないが、空気がひどく冷たかった。

「やっぱりこれ、罰ゲームかなにかだろうか」

「勘違いよ。飛行船この子自体が古い型だもの。我慢しなきゃ」

 この間、背中合わせで後方を監視していた同僚の声に励まされながら仕事をしている。まだ地上付近は晩夏から初秋といったところのはずだ。けれど、雲の上は地べたの事情なんて知ったことではないらしい。

「前向きだね」

 お互い身に纏う毛布の端が風にはためいていた。彼女の毛布の端がたまに触れる。


 言葉のやり取りが途絶えた。

 瞬間、空はとする。

 遠くを見るほどに空の無音を感じた。


 ふいに風が、毛布の隙間をぬって首元から自分の体に忍び込み駆け巡る。

 ——ッくしゅん!

「うひー、さむい……」

 寒さに身もだえ、つい暖を求め背中で同僚の背をさすった。

「ちょっ、押さないでよ!」

「ごめん」

 それはそれとして、温かみは分けてもらえるらしい。

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