情景154【肌をさすって、袖を通して】

 スマートフォンを床にそっと置いた。カタン……と、短い音が場に添えられて消える。そのまま窓際の床に座りこんだ。

 それから。

 カラカラカラカラ……、

 鳴るのは、目の前の大窓を開ける音。

 途端、部屋の空気が網戸の向こうへと吸い取られていく。私を包んでいた自室の匂いを、風がまるごと持って行く。それは外へと吸い込まれていき、その空気の流れで毛先が後ろから前になびいた。

 そして、今度はこちらに外の風が流れ込んでくる。

 思わず、手に持っていたマグカップを床に置いた。


 ——思った以上に、風が冷たくて。


 二の腕をさする。

「ニットのやつ——」

 ぽつりとつぶやいて、近くに脱ぎ捨ててあったベージュのケーブルニットを握って寄せた。

 そっと袖を通す。首回りから顔を出す。ふわっとする。

「やわらか……」

 スマートフォンが床で唸った。カタカタって、ふるえるみたいに。ムニムニといじくって、メッセージを読む。

 これをくれたヤツからのメッセージだった。

「……ふっ」

 ふと、網戸越しの冷めた風が、和らいだ気がする。

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