情景153【暁に赤狼を見た】
雪山の単独行は二日目を迎えていた。日の出を心待ちにしながら足に巻いたアイゼンで雪を削り踏み、夜陰に敷かれた青白い登山道をゆく。
吐く息が白むなんてものじゃない。目元や耳の付け根に軋みを覚えるかのような冷え込み。ただ、それも慣れてしまうものだ。
ふと、或る日に山小屋で聞いた話を思い出した。
かつて、この雪山ではニホンオオカミに鉢合わせることがあったらしい。
「かつてって、それ百年以上前の話では?」
なんて、そのときは笑い話にして流した。それを思い出して、ふっと笑んで吐いた息が冷気に冷やされたところに、まばゆい光が現れる。陽が横からこちらを覗く。
つい、立ち止まった。
みるみるうちに陽の光が、遠く薄暗い地べたから眼下を眩しく真白に染め上げていく。無音のまま、実に広々とした光だった。
自分の内側から、記憶の残響のような声がする。
——今に
「あっ……」
朝焼けの赤が眩しく自分を照らしつけた。瞬間、背後に気配が走って、そっと振り返る。
朝焼けの赤を一身に受ける狼。それが数匹。朝の焼けた陽に照らされる狼の毛並みが鮮やかな朱に染まっていた。それも一瞬のことで、瞬きをした後にその狼らは姿をくらます。
「え、今のは……?」
気のせいか、幻だったのだろうか。
ふしぎなことに、赤い狼たちを見た後はウソのように体が軽くなって、その日のうちに山頂まで辿り着くことができた。
あの朝焼けに赤く照らされる狼たちの鮮やかな姿が、脳裏に焼き付いて消えない。
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