情景150【一歩先が遠かった】

 ——この道の先にある景色を見てみたい。

 そう思っていながら、自分はずっとに佇み続けていた。

 佇む自分のはるか後方で、巻いて溜まっていただけのつむじ風は、あっという間に追い風となって背中を叩き、うなじをさする。そしてそのまま自分を抜き去っていった。残されるのは立ち止まった自分だけ。


 目の前と後ろには、土くれの両脇に雑草の繁った一本道が伸びている。振り返ると、来た道の懐かしさが鼻腔びくうをくすぐった。ひるがえって眼前を見渡せば、土の道が天空を繋ぐ地平線まで遮るものは何もない。

「この先にあるもの……」

 期待と想像ばかりが膨らんでいく。一歩踏み出せば、その先が見えるはずだ。


 なのに。

 未だ自分はその一歩を踏み出せないでいる。


 誰のせいでもない。勝手にで立ち尽くしていた。そんな自分に焦りを感じ、踏み出そうと足に力を込める。だが、すんでのところでまとわりつく不安や恐れや諦めのかけらが、胸の内で交じり合う感情の淀みとなって、澄んだ水の底を棒で掻き交ぜるように自分の意思を濁らせていく。


 そうした中でも、風はさらりと自分を追い越した。きっと、一足先に進んでいくのだろう。先に進むものを後ろから眺め、自分は立ち止まったまま。

 そしていつしか、ひとは濁った想いに見切りをつけ、一歩を踏み出す自分を忘れてしまうのかもしれない。


 ——それでも。


 ふと、後ろから漂っていた匂いが、自分を包んでから風にさらわれて消える。少しすると、その匂いは道の先に伸び、自分を誘っているように香ってきた。


 自分のかけらが、その先にあるような気すらする。


 そう思えた瞬間、気がつけば数歩踏み出していた。

 そして、匂いのしっぽを掴もうと手を伸ばすが、指と指の間をすり抜ける。それを追って、また何歩も踏み出していた。

「あの匂い……」

 自分が一歩踏み出したのか、それとも誘い出されたのか。それはわからない。


 ただ、あの匂いを道の先から感じるまで、ここで何年も経ち尽くしてしまった。

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