情景174【晩秋、瞬く間に夜】

 西の空から濃い橙の陽光を放っていた夕の日が、遠くで山の稜線に触れた。溶けるようにして姿を隠そうとする。私はその移り変わりを、歩道橋の真ん中に立って見つめていた。

 歩道橋から見下ろす先へと伸びる幹線道路では、乾いた音を立てて行く車輛の赤や黄色のライトが道路上で明滅して散る。それらを乗せて伸びていく道路の奥の奥に——夕日があった。

 歩道橋に立つのは、冷めた柚子ジンジャーを飲む私と、買い物袋を下げた彼。


 私は歩道橋の手すりに腕を乗せ、夕日の方向を向く。

 彼は手すりに寄りかかり、夕日に背を向けていた。


 溶けゆく夕日がこちらを睨んだらしい。

「まぶしっ」

 すると、彼はからりと笑って言った。

「だろうね」

 つい、視線を彼の方に向ける。

 今度は、何気なくこうつぶやいた。

「秋の日は釣瓶つるべ落とし——」

 なにそれ。

「ほら、今みたいなさ——」

 それから親指で、彼の背後にある西方の空を指す。私は指す先へ視線を合わせ、瞬きをしてから、気づいた。


 いつの間にか、街に深藍の幕が降りている。


 在ったはずの西日は溶け切り、覆っていた橙色のオーバーレイは街から剥がれ落ちていた。道路を行き交う車両のライトが眩しく見える。


 彼は、遠くを見て感じ入るように、

「晩秋、瞬く間に夜ってやつですよ」

 冷たい柚子ジンジャーが喉を通って胃の底が潤うのを感じる。

「なんか、それっぽいコト言ってるね」

「言ってみたかったですから」

 カップの底で、空気と氷が触れあって揺れた。ガコガコと音が鳴っている。

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