情景251【朝月夜のホーム】

 冬はとっくに過ぎ去ったものと思っていた。

 朝未あさまだきに起き出して、自宅の残光を置き去りに出発する。夜明け前の暗がりに足を踏み入れたとき、首もとのあたりに肌寒さを感じた。

 表の通りに立ち、

「冬の面影、的な空気……」

 ただ、吐息といきはもう白まない。夜空に満月が色濃くまばゆい朝月夜あさづくよの下を歩きはじめた。街に沈む冷気の中を掻くようにして進んでいく。がらがらがら……と、旅行鞄のキャスターがアスファルトをなめて唸った。地べたはきっと苦いだろう。

「……音が近所迷惑になったらヤだな」

 冬の乾いた夜は、この音が遠くまで響いた。面影に後ろ髪をひかれ、そんなことを思い出しつつ駅に向かって歩く。まだ夜は明けない。


 駅に辿り着き、改札前で発車標はっしゃひょうを見上げた。発車時刻を告げるLED電光掲示板が、無言で自分たちのく先を示している。

「前日に切符とか買いに来てたのが懐かしいね」

 普段使いのICカードをかざして改札を抜けた。駅構内のぬくぬくとした空気の中をすいすい歩き、コンビニに寄ってお茶とおにぎりを買い、階段を上がり、そのままホームに出る。

 出たら、また肌寒い空気に包まれる。明るいホームの屋根と影の降りた街並みに挟まれた中空で、月が大きな白い円をつくっていた。それを見つめたままベンチに腰を下ろし、夜風にさらされる冷たさを肌で受け止める。

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