情景252【春に飛んでいく白】

 たんぽぽの綿毛の群れが目の前を通り過ぎる。白い米粒よりも小さく軽やかなそれが、風に吹かれて飛び立つさまを目の当たりにした。

「あっちゅーまに四月、か」

 飛んでる綿毛は、会社と家とを行き来するだけの退屈な道をゆく私のことなんてまったく意にも介さない。

「キレイだけど、朝っぱらから自分でやろうとは思えんね」

 そういえば、大人になってからは原っぱで花を摘むなんてことをしなくなった。草むらに手を伸ばすことも、たんぽぽの茎を掴んで引きちぎることも、今となっては気が引ける。なんとなく、意義もないまま花をブチっとちぎってしまうことにも馴染めなくなった。

 スマートフォンが唸る。画面に出た名前は上司。

「出勤前から勘弁してくださいよ」

 そのまま歩きながら通話をオンにして、電話ごしに流れる上司の指示を聞き入れる。意識が仕事の方へと向きはじめた。しばらくすると駅の改札口が見えてくる。

「ったく」

 通話を切った。スマホをカバンに仕舞ったとき、

「あっ——」

 もう一度、たんぽぽの綿毛の白い群れが自分の前を通り過ぎる。さっきよりもたくさんの群れをつくり、陽光を受けて自由を満喫するかのように飛んでいた。

 自分の足が止まる。

 視界の右から左へと舞って飛び去る白い点。風に吹かれ、空に吸い込まれていく軽やかさ。

 こんなに一度に飛ぶことってある?

 そんな言葉が脳裏によぎったとき、もしかしたら誰かがちぎって一気に飛ばしたのしれないと思った。

「ああ、でも……」

 やっぱり、うん。

 嫌いじゃないなァ。

 シャツの袖に綿毛がひとつひっつく。それはすぐに跳ね飛んでそのまま消えた。

 こういうところで思い出す。私は、いつの間にか春を過ごしていた。

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