情景196【疲れに引きずられ】

 自分の声らしき音を拾って、目を覚ました。

「——う、ううん。……?」

 音は骨を伝って鼓膜の内側に響く。暗い土の底で小さくうめくような声で、体はまだ微睡まどろみに後ろ髪を引かれていた。

 コタツに足を突っ込んで机上に伏せたまま寝ていたらしい。今が何時かすら判然としないあやふやな感覚の中で、何度かゆっくりと、目をぱちぱちとしばたいた。

 ——寝落ちしたのか。

 目の前には黒々としたノートパソコンのディスプレイ。

 編集作業の途中だったっけ。ドキュメントファイルはまだ生きているかな。寝ぼけて消してしまってたらイヤだな。瞼の重みを感じつつ、昨夜の感触に引きずられている。

 うつぶせのまま、ディスプレイに映る半透明のおぼろげな自分の顔を捉えた。

 頬には机に直接うつ伏せたアト。

 おデコもなにやらいつもより赤い。

 前髪なんて、不自然な方向にハネていて見てられない。

 それから、なんとなく右手に軽く力を入れてグーとパーを繰り返す。……動きが鈍い。やっぱり、いつもより疲れていた。

「……静か」

 机上に転がっていた水のペットボトルを掴み、ぐいっと飲む。

 いやに静かで、耳が周囲の音を拾いだした。

 ——暖房の音って、こんなに大きかったっけ。

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