情景114【夕の海でふたり。風が背中を押してくれる】
海に来て、夕の太陽が私の内側を覗き込む。白いスカートの裾が夏の風になびいてゆるやかにはためいていた。
隣で事情通ヅラして私と彼を見ていた連れのやつらが、それらしいことを言う。
「これ、アイツには内緒な」
と前置きをして、私の心情を見透かしたかのように言ってくれる。
「今日こそは——って息を巻いてたんだ。それで、今日は海に決めたんだよ」
その言葉が風を吹かせた。私の視線を前に送る。当の彼は波打ち際で相変わらず、無言のまま中空を眺めていた。
「な? 不器用だろ?」
一瞬だけ、夕陽がもういちど私を見た。目の前をまぶしさが覆った。
それに気づいてはっとしたあと、まぶしいオレンジの光が薄れる。光が音もなく去ったあとに残されたのは、波打ち際に立つ彼の後ろ姿。
そのとき夕の風が私の背中を押してくれた。
鼻で息を吸うと潮の匂いが筋に伝って体を巡る。
風に押されて、そのまま前へと走った。ただ勢いだけで、とにかく渚で黄昏ている彼の隣まで行こうと思った。
そう思って、それで走って、波打ち際に辿り着いて——声をかけようとして……そのまま。
そのまま
全身ずぶぬれ。眼上は遠くに薄青い空。耳元で波の音がさわめく。
「……なんスか。これ?」
「いや、ちょっとわかんない」
みんなに思いっきり笑われて、讃えられて、私も彼も思いっきり笑った。
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