情景179【彼は私よりも——・中編】

 シャワーの蛇口をひねって、キュッと鳴る音が好きだ。髪を手で軽く絞るように握り、手を伸ばしてバスタオルを取って身体を拭う。髪もアップにしてしまう。肌が乾くのはイヤだから、素っ裸のままオイルを塗りたくり、化粧水をつけてパックを手に取り、 

「そっか。ごはんがまだか」

 どうしても先に汗を流したくて、勢いでシャワーを浴びちゃったから。

「晩ごはんはいいから、なんて……」

 言えるワケない。ルーティンがズレるとなんだか違和感があるなと思いつつ美容液と乳液。それからドライヤーを——ここで手が止まる。

 髪を乾かすの、死ぬほど面倒くさいな。

 梳かすだけにしてタオルを当てたまま部屋着を身に纏い、香る湯気の漂う空間で息を吸って吐く。ようやく仕事上がりのどうしようもない疲れが剥がれ落ちた気がした。


 扉を開けてリビングに入れば、案の定、

「おつかれ。温めといたから」

 彼はその間、空気を読んで待っていてくれている。

「うん——」

 声になるかならないかくらいの、小さな頷きしか出なかった。

 彼はテーブルの向かい側にいて、静かに本を読んでいる。口にした緑茶の湯飲みを卓上に置いて、コトンと小さく音が鳴った。


 家事は分担だからって、こうもさらりとなにもかもこなされると、なんだかハラが立つ。——いや、今のはナシ。

 でも……うん。

「いただきます」

「はいな」

 なんだよ、「はいな」って。

 クソ、この肉じゃが美味いな。

「美味いよな」

 あーもう、言ってないのに伝わってるし。

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