情景178【彼は私よりも——・前編】

 仕事に疲れて遅くに帰ってきた私に対して、一緒に住んでいる彼が、

「おかえり」

 と、そのあとにもうひとこと添える。

「ちょうど、お茶を淹れるところだった」

 彼は、テーブルの下で折りたたんでいた足を揃えて立ち上がり、私にすっと伸びた背中を見せた。私は、ソファにどすっと腰を下ろす。


 お急須にお湯を注ぎ、お茶を淹れてくれていた。お湯が淡々とポットから、白い湯気を立てて垂れる。

 このひとは、いつもこんな調子。

 穏やかで、落ち着いていて、思いやりもあって、妙に白いセーターが似合う。


 ——眩しいな。

 日々慌ただしいだけの私よりも、ずっと大人だった。


 余裕を含む雰囲気ばかり纏っていて、ムッとしてしまうこともないことはない。

 私と彼は対等かどうかなんて、そんなバカバカしいことも考えてしまう。

 付き合って一緒に住んでいるはずなのに、私よりもずっと先の場所にいるような、そんな気すらする。

 なんでこのひと、私と付き合ってくれているんだろう。


 目の前にふたつの湯呑が並んだ。

「好きな方を取って」

「……さんきゅ」

 指にそっと触れる熱が、この身から疲れを剥がすように。

 それは当然、あたたかった。

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