情景108【帰りを待つ人の光】

 黒色に近い藍色に深く染まる空の下、暗闇の中を街灯の頼りない白光がぽつぽつと浮かび、白い点が列となって滑走路のように先へと伸びていく。自分がいま踏み歩く道路は、固いアスファルトが敷かれた他愛のない路地で、脇道に入った途端、目の前の景色が奥に呑まれたかのような感触に包まれた。


 ——急に真っ暗になるんだな。


 帰り道だった。夕焼け時にここを通りがかった頃の気配はどこへ行ったのか。国道から一本、住宅街へ続く道に逸れただけで、とっぷりと暗闇に呑まれた夜の中にいることをいっそう強く実感する。帰り道なのだからそれでも歩くが、ひとによっては怖いだろうな。この頼りない街灯がもう少しマシになってくれたら——なんて思う。


 そう思いながら歩き出してすぐ、奥に続く暗がりの一角に、小さな四角い光が音を立てて現れた。

 ガラリと引き戸の音を立てて現れた四角い光。無性に生活臭さを感じさせる光。

 四角い光からひとり、馴染み深いひとの顔がゆっくりと顔を出した。それがこちらに気づく。

 小さく手を振って、こっちに声をかけてくれた。

「おかえりー!」

 のびやかな声だった。

「ただいま」

 つられて声を出した途端、さっきまでの暗闇とはまるで別の場所に立ったかのような、そんな錯覚を抱いてしまった。

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