情景116【夜の底を歩く】

 久しぶりに、仕事が休日に舞い込んできた。

 断れない内容だったものだから、家から転がり出るようにして久しく訪れていなかった現場に駆けつける。

 だが、駆けつけてはみたものの、しばらく待ちぼうけをくらい、仕事を片付けて現場から離れられた頃には、すっかり夜も深くなっていた。


 帰路を辿るには地下鉄へと潜らねばならず、疲れた体を曳くようにして夜の街を歩いていく。人通りはまばらだった。遠くでは、ぽつぽつと赤や黄や緑の光が小さな円となって間断なく瞬き、存在を音もなく主張している。それらの光のちらつきに気がついたとき、暗い水の底を歩いている思いがした。


 視線の先に、地下鉄の入り口を知らせる灯りが点く。

 以前であれば、人だかりに遮られて見えなかっただろう。

 半年前まであった人だかりは眼前になく、すれ違う人々もまた、自分と同じように疲労を抱えたまま歩いているように見える。

 ……いや、自分が疲れているからそう見えているだけだろうか。深く考えを巡らせようとすると、頭上から眠気が撫でるように自分に覆いかぶさろうとする。

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