情景296【青空の衣替え】

 近所のパン屋の焼き立てのヤツが食べたくなって、昼下がりに連れと一緒に外に出た。その帰り道。横っ面を撫でる風に、冬の透き通った空気が混じっている。つっかけたサンダルも心なしか冷めていた。角を曲がるところで立ち止まる。振り返れば、木々が元気をなくしはじめた丘の向こうに広がる青空。つい、それを見上げてしまう自分がいる。

 ——ここで。

 今年の夏から秋にかけては、青空を突き上げる分厚い雲を見上げていた。

 それなのに今は、横に平たいちり紙のような雲が点々と張り付いている。

 通りはよく晴れていた。でも、肌にまとわりつく空気から冬の匂いがする。それがうなじに触れてきたから、そっと左手を首のうしろに当てていた。


 背後から、連れが自転車に乗って追いついてきた。パンを詰めた茶色の紙袋をカゴに乗せている。自転車のカゴから紙袋を取り上げて腕に抱けば、くしゃりと鳴った。まだパン袋には熱が残っている。

 連れが、

「なにか、面白いものでも見つけた?」

 と、尋ねてきた。

 鳴らしてもいない自転車のベルが、揺らしたはずみに小さくかちりと鳴る。

「ナニソレ」

「いや、追いつく前からずっと、上の方を眺めてるなと思って……」

 上というか、空だけど。

「空が面白いの?」

「まァ、ね——」

 鼻をツンと立ててもういちど見上げる。自転車を降りた連れは、要領を得ずに首をかしげ、こちらの横顔をただ眺めていた。

「いつも思うけど、ヘンなとこに目ざといよねぇ」

「そうかな」

「だって、そんなの関心もたないよ。フツー」

「でも、雲がひらべったい……」

「雲?」

 白煙がもくもくと天高く伸びて膨らんでいく。そんな雲はどこかへと行ってしまった。いま空にある雲は、薄いベーコンみたいに横に長くべったりと伸びて、消えるのを待っているかのようだった。

「ああ。じきに冬かな」

「もう冬かも。ねぇ、せっかくのパンが冷めちゃうから、はやく帰ろう」

 連れに押される自転車の車輪がカラカラと力なく鳴っている。

 腕の中で、パンを包んだ紙袋の中だけが温かい。固いアスファルトの上で、訪れた冬をどう過ごしていくか思案し始めていた。

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