情景295【夏が過ぎたあと】

 仕事上がりに、たまたま気づいてしまった一通のダイレクトメッセージのせいで、相方の宅飲みに付き合う羽目となり、気がつけば夜半過ぎ。相方は頬を赤らめ、上機嫌で大人しい。寝間着と私服の中間みたいなユルい格好で、片膝立ててちびちびと、小さなタンブラーに注がれた赤ワインを口に通す。にょろりと柔軟に立ち上がったかと思えば、部屋の窓を開けていた。後ろから見てわかるくらい、長い髪の先がゆるくカールしていて、それが空気の流れに乗る。外は、黒洞々こくとうとうとした暗がりが広がるだけの夜だった。

 鈴虫の音が、冷ました風のように心地いい。

 彼女の背中に尋ねた。

「涼しいのかい」

「まァ——そうだね」

 ぬるい風に、一瞬ひんやりとした風が混じる。

 彼女の肌は透き通って白く、抱き寄せれば折れそうなほどに頼りなく見えた。ただ、触れてみれば柔らかい。伝ってくる熱は、体に漲る生気をはらの底に秘めてしまったかのようで、ほのかに凛としたものを感じさせた。彼女の七分袖の薄いインナーの袖口から、白い腕が生えている。腕から枝分かれしたしなやかな五本の指の先は艶めいて、窓枠をそっと握っていた。

「夏は、どこへ行ったのかな」

 網戸の向こう。影を落とす外の黒を眺めていた。

「消えたんじゃないかな」

 すると彼女の背中は、

「夏はいやだよ。暑くて何もできやしない」

 と、言う。

「今は?」

「好きだよ」

 それから、くしゃみをした。

「……もう冬だっけ」

「まだ、秋だと思うけど」

「どうだろう。最近は、あってないようなものだから」

 そよいでくる夜風は、部屋の、生ぬるい凝った空気をかきまぜていく。

「——秋もいいねぇ」

 こちらに体半分だけ振り返った。そして、ほくそ笑む。

 彼女の片手に収まるワインの濃い赤が、暗い夜の奥深くで鈍く輝いているように見えた。

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