情景167【口元に添えたとき】

 左手を口元に添えたとき、たまに言われることがある。

「煙草、吸われるんですか?」

 ——なんでそうなるの?


 正午過ぎ。ラジオ局の応接でちょっとした打ち合わせが終わったあとだったかな。

 ミーティングルームの片隅で、乾いた白いテーブルから離れ、これまた白いキャスター付きの椅子に腰を深く座り直した。椅子は軽いし造りもシンプルだろうし、キャスターの滑りがよくてスルスルと滑っていけそうな気安い代物だったんだけど、その椅子には手すりがついていて、左肘をそれに預けてみた。

 自然と左肩が下がり、引っ張られるように重心が左に寄り、左の親指の腹に左頬が触れる。横に流した前髪もつい一緒になって左に流れて、目にかかりそうなところは右の小指で払ってやった。

 そのまま、口元に左手が添えられてしまう。

 視線は、自然と前方斜め下にいく。

「……うん」


 ——MCのひと、同性から見てもめっちゃカワイイよな、なんて。


 渋めに目を伏せながら、左手を口元に添えてそんな他愛のないことを考えていたとき、人差し指と中指の間から私の唇が見えたらしい。自分の思惑を聞かせたいくらいたいそう真面目なADの男性が、外の喫煙室をちらりと見てから、私の様相を見ていった。

「煙草、吸われるんですか」

「……いや、吸わないですね」

 どうやらそう見えるものらしい。

 むしろ君、挿してみる? 私の唇に、煙草。懐にしまってあるんだろう。

 たまたま空いていた、人差し指と中指のあいだに。

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