情景286【雨音を聴いた】

 雨音に起こされた。

 半ば寝ぼけた状態で上半身を起こす。タオルケットがベッドからずり落ちた。カラカラに乾いた口と喉から、声にもならない呻きが漏れる。

 うなじにひんやりと風が走って鳥肌が立った。

「冷房、つけっぱなしじゃん……」

 振り返ると、枕元にリモコンがあって、頭上のエアコンはつつがなく稼働している。寝落ちする前に消し忘れたのだろう。両肩をぐるりと回し、右手で左の肘を握り、左手を天井に突き上げて背中を伸ばす。

 喉の下あたりから、

「んあー……」

 と、声帯を震わせる振動がのぼってきた。

 リモコンの電源ボタンを押す。エアコンを切ると、冷房の音が消えて、部屋の空気の流れが固くなった。

 途端、外の雨音が部屋に響き出す。

 ばつばつばつ、と、雨の音が低く溜まるように響いた。外の壁と窓を間断なく打ち続け、私の鼓膜を叩いている。自然と目が見開き、まとわりつく眠気は打ち払われた。

「そんなに降ってんの?」

 窓の外側を打つ雨は、外の汚れを洗い流すシャワーのように上から下へ一面隙間がなく流れ続けている。窓の前に立つと映る、半透明でおぼろげな自分の向こうには、外の天霧にかすむ近所の家並みが見えた。その景色が、窓一面の雨水に滲む。

「今日は、外出、だめっぽい……」

 寝癖がついてところどころハネた毛先を撫でながら、スマートフォンを手に取り、タメの友達にメッセージを送った。

 ——雨、ヤバいな?

 直ちに返答が届く。

『ヤバい』

「……」

 もうちょっとこう、語彙力なんとかならんかよ。お互い。

 ふと、窓に映る半透明の自分をもっと近づいてみたくなった。勢い、額をつけてみる。雨に触れる窓は冷たい。振動が直に伝わってくる気がした。

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