情景213【珈琲、飲むかい。】

 先生の研究室は棟の一階。角の区画にある。中庭に通じたテラス付きのオフィス。来客の応接に使う共用のエントランスは、壁がガラス張りになっていて、中の様子が外から見通すことができた。その隅で円い机にノートパソコンを置く。朝からちょっとした作業に勤しむつもりだった。

 ちょっと視線を横に向けるだけで、外の景色が丸見え。そらが得意げに青く晴れ渡る様子がひと目でわかる。


 ——静かだな。


 椅子を引いた音が天井高くで響いてから返ってきた。

 それ以外の音のないなかで、陽光を漂うチリがはじける音も拾えそう。透いた朝の空気が、陽光といっしょにそのまま窓を通り抜けてくるような、そんな気すらする。

 ふと、耳が足音を拾った。

「珈琲、飲むかい?」

「あら、先生。いたんですか」

 先生の足音が止み、「ははっ」と軽くいなすような笑みを見せた。それから両手に持った湯気の立つカップを机に置き、向かいに座る。白いカップを私に差し出した。湯気がふわりと立つ。モカの甘い香りが漂う。

「そりゃあ、いたさ」

「え、まさか泊まり?」

「……いいや?」

 ——言いよどまないでよ。

「とにかく、まずは一服して、それから論文に戻るよ」

「……いただきます」

 左手が触れていたカップを受け取った。

 ガラス張りのオフィスに、朝の陽光が音もなく差しこむ。空気の流れが鳴るような静けさの中でふたり、珈琲を片手に書類をめくったり、端末に届くメールを確認をしたりする。日課のようだった。

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