情景212【記憶のうるおい。居室の古び】

 田舎の祖父母の家に一泊したとき、小学校の修学旅行で泊まったホテルを思い出した。半端に古びていて、やけ長閑のどかでいて、居心地はべつに、きらいじゃない。

 廊下や柱、天井のつくりひとつひとつに古びの気配が居付いていた。

 擦り切れた壁。木の枠にはまってカタカタと唸る窓。畳の部屋の向かいには昭和ドラマに出てきそうな狭い洋室があって、何十年前のものだろうか、小さなシャンデリアが拵えてある。

 軽く鼻で空気を吸えば、酸素といっしょに過去のかけらを吸えてしまえそうな……この場所にはそんなおもむきが詰まっていた。

 ——だいぶ大袈裟にいえば、そんな感じ。

 それはそれとして、

「トイレが和式なのはマジ勘弁です」

 素直な感想。


 畳の部屋に私と両親の布団を敷いて、布団のうえにちょこんと座り込む。部屋の奥にしつらえられた仏壇に一瞥いちべつして、スマートフォンの電源を切り、ドサっと寝転がった。

 ふと窓際を見ると、父さんがひとり掛けのソファに腰掛けている。薄明るい灯りを頼りにして、タブレットに目を通していた。

「目ぇ、悪くなるんじゃない」

「大丈夫。タブレットが明るいから」

「むぅ、現代的」

 父さんが腰掛ける空間と、私のいる畳の部屋は障子の敷居で区切られている。畳の部屋の蛍光灯は、部屋を仕切る鴨居かもい長押なげしが遮って、父さんには薄明かりだけが差しかかっていた。長押のうえの欄間らんまには、蛍光灯の白い光が溜まっている。

「この空間、広縁ひろえんっていうんだよ」

「ひろえん……」

「修学旅行の時、ホテルの部屋の広縁で、みんなとババ抜きをしたことがある」

 ——あ、それ私もやったな。

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