情景214【夕の座敷】

 お座敷の障子を開けたときの、障子が敷居しきいる音が耳を通り抜ける。

「さむっ」

 母屋おもやの奥、ひと気のないお座敷ざしきはひっそりと静まり返り、空気がり固まっていた。

「せめてストーブくらい……」

 畳の上に横たわる延長コードは悪目立ちする。浮いているように見えたそれを掴み、ハロゲンヒーターのコンセントと繋いだ。人工の熱っぽいだいだいの明かりが冷え固まった空気をほぐしていく。蛍光灯から垂れていた紐を見て引こうとしたが、その前にさきほど開けた障子を閉じた。

 トン、と短く切るように。乾いた木のぶつかる音がした。


 ハロゲンヒーターからつかず離れずの位置に腰を下ろす。ふいにとこの間の花瓶と目が合ったような気がして、なんとなく正座してしまう自分がいた。

 キィンと、耳が鳴る。

 障子に浮かぶ淡い黄と橙の交じった光の奥で、影を取り込むようにして在る凹んだ空間。床の間に影が沈んでいる。眺めるほどに静けさを覚えた。

 しばらくそうして眺めていると、障子が開きパチンと音がして、座敷の蛍光灯がブンと鳴る。障子の間に母の顔があった。

「アンタ。部屋の明かりくらいけなさいよ」

 ——あ、忘れてた。

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