情景215【未明に灯る斜光】
早朝。
と言いつつも、まだ陽の気配なんてどこにもない未明の時間帯。
夜空に散る星もひっそりと寝息を立てていそう。
そんな深夜の暗がりにうずくまる住宅街に伸びた、一つの通りを歩いていた。
国道や県道から外れているのもあって、車道はまれに深夜の運送トラックやタクシーが通りがかる程度。車が夜風を突っ切って走る音は冷めた夜空によく響くけれど、静まった家々で眠る人々を起こすほどのものでもない。
ふと、通り沿いの一軒にはっきりと明かりが灯った。軒先の電球がぱっと
横目に、
——いつも、ここは朝が早いね。
と内心でつぶやいた。
斜光から漏れた光の余波が歩道の植え込みを浮かび上がらせる。昨日雨が降ったからだろうか。草花に霜が降りた様子はない。夜の冷めて動きの固い空気を吸い、そのまますっと吐きだしても息が白むことはなかった。口腔に湿っぽい感触が残る。
一軒だけぽつんと明るいところに集まるように、そばにつけた軽トラックと一、二台の車。そして行き来するスタッフらしきひと。いつものようにそこを通りがかると、いつものように恰幅の良い穏やかな笑顔のオジサンが話しかけてきた。
「おはよう。今日はそこまで寒くないね」
「おはようございます。今日のオススメは何になるんですか」
「……ミルクフランスかな!」
「今日もフランスパン推しですね」
それから、私が連れていたわんこをいつものようにあやしつけ、彼はそのまま開店前の仕事に入っていく。こちらも適当に手を振ってから明かりの点いた一軒家をあとにした。
すぐあと、新聞配達のバイクとすれ違う。音を立てて走り去ったあとに空気が波となって過ぎ去っていった。
見上げれば、黒々としていた空がうっすら青みがかっている。
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