情景64【思考を止めた先は】

 会社からの帰宅中、少し先の踏切で遮断機が唸っていた。

 歩む速度を緩めたところで、足もとの水たまりが目に入る。白い陽射しを照り返してきた。思えば、つい数時前までの冷え込みが、打ち払われたように消えている。


 脳裏に、社長の言葉が過った。

 ——状況が状況だろう? しばらく、休んでくれ。


 そう言って職場から追い出され、気もそぞろに退社した折のこと。

 日ごろ喧しかった社長の、やつれた「頼む」の声が、耳に残っている。

 かと言って、自分にできることはないだろう。


 仕方がない。


 そう思った瞬間、足もとの温そうな水たまりを革靴で蹴っていた。

 そしてすぐに後悔をした。

 次に一歩踏み出すと、今度はその先に潜む深めの水たまりに足を突っ込む。ここまでくると笑えてきた。思考を止めた自分は、水たまりにすら侮られるらしい。

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