情景132【松風。或る寺を訪ねて】

 都会の街並みにひっそりと馴染む、一軒の寺を訪ねた。

 道すがら、まわりを見遣みやればバスやトラックが大通りを行き交い、空を見上げれば背の高いビルが、綿雲の浮かぶ薄白い夕空に刺さっている。都会にありふれた建物が立ち並ぶなか、肝心の寺はその奥でひそやかに佇むようにして、在った。


 この寺は庭がちょっとした名物で、特に松と縁があるらしい。外から寺の様子を伺えば、瓦を乗せた白い塀の向こうから松が顔を覗かせている。

「ごめんください——」

 石畳を踏み、山内さんないに入った。


 その瞬間、外の音が消える。


 往来は昼夜賑わい、時折けたたましかった。それなのに、山内さんないに入ってしまえば、外の音は鳴りを潜めてこの場に風を通してくれる。


 松籟しょうらいの——松に吹く風の音に耳を澄ましたくなるほどに、寺の内は静かで涼やかだった。


 この場所にそよぐ風と、やわらかな光の匂いに胸がすく。

 それがたまらなく好きで、私はしばしばこの寺を訪ねる人になっていた。

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