情景282【お弁当屋さんと注文のこと】

 陽ざしが自分の肩や背中にのしかかってきた。

 歩道に溜まる熱を帯びた空気が、外には充満している。眉間に皺を寄せながらその中を歩いていた。

「空気が、熱い。空気が重い……」

 それなのに、周囲の蝉たちは元気だ。さざめきがいくつも重なって道端に響いている。こちとら、昼食を買いに出ただけでもうしんどいというのに。

 ちょっと歩き、馴染みの弁当屋さんの自動ドアをくぐった。敷居をまたいだ途端、のしかかっていた熱は剥がれ落ち、気分は晴れやかになる。

 ——冷房って素晴らしいね。

 なんてことを思いながら、レジでからあげカレーの注文を済ませ、三人掛けのスツールの隅に腰掛けた。さっきまで皺をよせていた眉間は緩み、両の眉はハの字をつくっている。

 そのすぐあとに、一組の親子が入店してきた。

 親は子の手を引いて、レジのおばちゃんにこう注文する。

「ドラえもんをください」

 ——は? なんて?

「あいよっ!」

 ——え、承るの?

 この弁当屋さんって、私の知らないうちに猫型ロボットを取り扱うようになったの。もしかして、いつの間にか世は二十二世紀に突入していた?

 内心はらはらしながら、後ろで成り行きを見守っていた。レジのおばちゃんが、お金の受け渡しを済ませてから裏の厨房に注文を伝える。

「ドラえもんランチ、一丁!」

 ——ああ、そうか。

 そういえばそんなメニューがあった。単に私が勝手に驚いて、勝手にはらはらしていただけの話。

 きれいにオチがついて肩の力が抜ける。気が緩んでふっと息を吐いた。

 それにしても、「ドラえもんをください」か。

 いずれ来るかな。ドラえもんを注文できる日。 

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