情景281【休日を知らせるもの】

 私に聞き耳を立てる趣味はない。ただ、音の方が私の鼓膜をつついてくるだけ。

 音は色んな情報を渡してくれるけれど、大抵は些細で他愛のないもの。ただ、その些細なものやことが、私を密やかに楽しませてくれる。

 朝の八時を回るくらいの頃合いに、馴染みの喫茶店の二階へと足を踏み入れた。

 開店してまだ間もない朝の、凝り固まった空気が店内に残っている。その空気をそっと切るように歩いて、窓際の席に座るのが私の定番。

 固いソファに腰掛けて、窓から軒先を見降ろす。陽射しがゆっくりと街に溜まりはじめる感覚を掴み、ほっと一息つきたくなった。そのまま、トートバッグから活字の本を取り出す。しゃらりと、めくる音が立ち、薄いクリーム色のページに、朝陽が乗った。

 いつもの店員さんが、水とメニューを運んでくる。透明なグラスが、ことんと机を短く打って音を鳴らした。氷が揺れて、からんと鳴る。グラスの外周に水滴が溜まっていた。


 アイスコーヒーを注文してから、もう一度外を眺める。軒先の人通りを見るに、スーツを着た人は滅多にいなかった。ひと目見て判別できたのは、青いシャツと白いシャツと、青と白のボーダーシャツ。

 ——合体したのかな。

 しょうもないことを考えて、ふっと笑ってしまった。

 誰かが階段を登ってくる。複数の足音が次第に大きくなって、階段の方から顔を出したのは、リュックサックを背負ったおばちゃんたち。

 おばちゃんたちが入ってくると、店内の固まっていた空気は、あっという間にかき混ぜられて柔らかくなった。小さな音が届かなくなったような気がするし、それはそれとして、店内の照明が少し明るくなったような気がした。

 聞き耳を立てる趣味はないが、音が私の鼓膜をつつく。フロアに響く会話によると、みんなで山登りに行くらしい。

 交わされる会話は朝から跳ねるように軽やか。そして、私の手元のアイスコーヒーが半分くらいになった頃には、勢いよく出て行ってしまった。

 おばちゃんたちの一連の動きと繰り出してくる音は、憑き物を追い払うように躍動的で晴れ晴れとしている。

 始まったな。休日ってやつが。

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