情景280【カマキリの目】

 男の子たちが麦畑の穂波のそばでしゃがみこんでいた。

 坂をくだって畦道に戻り、「なにしてんの」と声をかけようとしたら、従兄弟の子がこちらに白い歯を見せてひひと笑い、

「カマキリ!」

 と、指で掴んで差し出してきた。私も、視線を下ろして垂れる横髪を後ろに掻きあげながら屈む。

「へぇ、カマキリだ」

 男の子の親指と人差し指との間におさまった一匹のカマキリを見て、ふいに手を伸ばそうとした。懐かしい。思えば自分も、こうして友達と虫を採りに山や川沿いを走り回ったことがあった。

 でも。

「ん、ちょっと待った」

 伸ばそうとした手が、無意識に引っ込む。

「えー、なに。びびってんの?」

「いや、別にそんなこと……」

 もしかしたら、あるのだろうか。

 どうしよう。触れない。なんだか、いやだ。

 さらにそのとき、指の間におさまるカマキリと目があった気がする。

 もうだめだ。

 触れないや。

 込み上げてくる理由のない違和感にせめて抗おうとして、カマキリをまじまじと見つめた。身を捩っているのか、両のカマが上下している。

 ——うん。ちょっと無理。

 そう決めつけて、手を引っ込めた。

 従兄弟がヘンなものを見るような目で言う。

「やっぱりビビってんじゃん」

「そうだね。なんかコワいかも」

「へっ」

 男の子たちはカマキリを放ってから立ち上がり、また畦道を駆けだした。

「あんまり水路の近くには……まァ、わかってるか。それより——」

 認識しちゃったなァ。

 いつからだろう。

 虫に触れなくなったのは。

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