情景292【朝の体育館】
晴れた日曜日の朝に、シューズやビブスを詰めたリュックを背負い、ズンと重く張りつく扉の前に立った。ベージュ寄りの白に塗装されていた引き分け戸の、引き手を掴む。力を込めて引いてみるが、扉はビクともしなかった。
「なんっで、体育館の扉って、こんなに重たいワケ……」
もう一度、ぐいっと引いたが、ガチンと音がして止まった。
「どうでもいいいけど、この扉って昔はもっと灰色じゃなかったっけ?」
私の声は正面の鉄扉が跳ね飛ばし、後ろにいる相方に届く。
「塗装したんじゃないの」
と、いかにも関心のなさそうな答え。そりゃあ、そうでしょうけど。
小学校の体育館。大人になってから来たのは初めて。昔は好き放題に遊べていたこの場所も、一般人になってから使おうとすれば、手続きに抽選にと、何かと敷居が高い。
「……おっかしいなァ」
せっかく予約の取り合いを制して午前中の時間を確保できたのに、朝っぱらから鉄扉の前で無駄に力んでいた。
「レールがバカになってんじゃないの、コレ」
と、毒づけば、後ろでバスケットボールを地面についていた相方が言う。
「ていうか、鍵開けた?」
「鍵?」
「鍵。預かってきたっしょ」
——あっ。
ポケットに突っ込んでいた鍵束の、ジャラジャラと擦れ合う音をここで拾った。
「早く言ってよ」
「だって、まさか気づかんとは思わんし」
そりゃそうだ。
ポケットをまさぐって鍵を出し、マジックで紫色に塗られた鍵を鉄扉に差す。確かな解錠の手応えを得て、もう一度引き手を握った。
「やっぱ、重ッ……」
「扉が反抗期か」
とか言って、笑っていたのは相方。
ようやく開けられた扉の向こう側には、久方ぶりに見た体育館のコート。踏み入ろうとしたら、鉄扉のレールの上に空気の壁みたいなものがあって、体育館の中はぬくもった空気がむわっと漂っていた。靴下ごしに伝わってくるフローリングの感触だけが冷たい。誰もいない体育館は、ただ音もなく日差しだけを受け入れ続けて、乾いた熱に充ちていた。
バスケコート自体は割と思い出通りで、昔と印象はさほど変わらない。ただ、バスケットゴールは思い出よりずっと低いところにあった。
ステージの高さも、
「あんなもんだったっけ」
と、つぶやいてしまうほど。ステージというよりはひな壇のように見えた。両端に重厚なワインレッドの脇幕が下がっている。まだ日曜日の、晴れ上がったばかりの頃。
——人のいない体育館って、本当に静かだな。
途端、後ろから風を切るように相方が私を追い抜く。ダンッと、バスケットボールが音を立ててフローリングの上で跳ねていた。二度、三度と床にぶつかるボールの音がして、それが空間に反響して、重なる音が体育館に響く。
ドリブルをして、シュートをして、その音が体育館に反響する。そんな朝。
相方は嬉しそうに、靴を履き替えて早速ひとりで遊びはじめた。
「もう。そろそろ子供達が来るんだからね」
「その前のウォーミングアップだよ。うわっ、ゴールひっくっ。感覚合わないわ」
だんだん気持ちよくなっていったらしく、調子に乗ってダンクに挑戦していた。危うくバックボードに頭をぶつけるところだった。
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