情景291【朝、起きようと】

 毎晩、寝る前にベッドの上で決心する。

「明日はちゃんと早く起きて、しっかり朝ごはんたべて出かけるぞぉ……」

 頭と胸に刻むために声に出す。言葉尻の方はもうあくび混じりで、ほわほわしたものになってしまったけれど。

 そのまま仰向けになり、薄桃色のスマートフォンを手に取った。枕に右目半分沈んでいる視界で、アラームをちゃんと設定していることを確認する。そのまま毛布にくるまってしまえば、あとはお腹やふともものあたりからじんわり暖かくなっていって、つられた睡魔がまぶたを引いた。

「おやす——……」

 おやすみ。


 そうして眠りについたのも束の間のこと。体感で言えば、一瞬の後に、アラームの音が私のめざめを促していた。

 本当に、体感でいえば、一睡した感覚もない。

「マジかよ……」

 喉はからっからで、他人には聞かせられない声色だった。


 もう朝? 朝君さぁ、ちょっと来るの早すぎない?

 君の出番、もうちょっとあとでしょ。具体的にはもう六時間くらいあと——。


 ぼけた頭にめぐる言葉を、口に出すのも億劫。

 体はまだ起ききらず、横になったまま力が入り切らない腕を伸ばす。スマートフォンの画面を見るに、出発時間よりもかなり早い目覚めだった。あとは、起き上がって、朝ご飯の準備をして、もろもろの支度をして、朝ご飯を食べて——。

「いやむり……」

 起きあがれる気がしねぇ。毛布が宿す暖かみを、放り出すなんて私にはとてもできない。

「わかってる。わかってるよぉ……」

 もういちど瞼を閉じてから、誰ともなしに釈明していた。

 昨晩、私は頭と胸に刻んだはずだ。

 今日こそしっかり早く起きて、ちゃんとした朝ごはんを——。

 そして今、私を支配している思考はこうだ。


 ——あと、何分寝ても許される?


 何分だっていい。寝ていいんだよ。きっと、一時間後の自分ががんばって起きてくれるだろうから。

 スマートフォンのアラート設定をオフにする。そして身を捩るようにして、毛布にくるまった。この暖かみからは、逃げられない。

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