情景290【夏の音】

 つい、先週まで。

 雨滴が縁側につながる廊下の窓を叩き、雨戸をも貫いてきそうな轟音を打ち立てていた。

 つい、先日まで。

 けたたましい蝉の鳴き声が、幾重にも覆いかぶさって鳴り響いていた。


 ——それらが、急に消えた。


 しんと静まった広縁の廊下で、部屋側の土壁に背中をつけて、こぢんまりと体操座りをする。

「……こんなに、静かだったっけ」

 前に突き出した足の甲をさすりながらつぶやいていた。

 目の前で家の内と外とを仕切るガラス戸が、私の言葉に呼応するかのようにカタカタと音を立てる。その向こうで、写真のように凝り固まった庭に橙色の光が降り注いだ。生け垣に、巻き付いたクレマチスの白い花弁に、細く伸びる緑葉に、敷かれた石畳に、オレンジの色合いが重なる。


 やがて、橙色の光が、閉じていた窓ガラスをすり抜けてこちらにやってきた。

 音はなく、這い寄るように。触れたつま先から、ほんのりと熱を感じる。体操座りのまま。

 カタン、と、家の中から音がする。

 蝉の鳴き声は消えていた。

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