情景293【カフェトーク、ゆる】
奥の席。アイスコーヒーにストローを挿してちびちび飲みながら、女友達と時間を調整していた。そんな日曜日の昼下がり。
天井から吊られたランプや飾りの本棚の並びが気になる。ちらちらと店内の上の方を見て、灰色の天井にむき出しで張り付くエアコンやダクトの無骨さに気づき、それでも案外馴染むものなんだなと、そんなことを考えていた。
席の向かいで女友達が、透明のコップの中で溶けかけの氷をストローで混ぜる。ジャリっと音を立ててから、ぽつりと、
「後でさぁ、天神いくやん?」
と、話を振ってきた。
「行く行く」
「ぶらぶらしよ」
「するする」
空気のような会話。
「——服買う?」
「買う? 見る? かも」
「どこに着ていくとか、無いけどさ」
「そだね」
果たして中身があるのか、ないのか。ただ、口が先に動いて、意思があとからついてくる。気の知れた相手だから、それでよかった。
「——あっ」
ふいに、相手が何かを思いついたふうに上の方を向く。
「なに。そのあって」
「……」
「え。黙るような話?」
と思いきや、今度は堰を切ったようにスルスルと話しだした。
「うちの一階、ケーキ屋さんだったんだけどさ」
と、話を繰り出す彼女は、途端に頬から肌からツヤめきだしたように見える。
「へー。ケーキ屋」
「うん。でも、最近はコロナとかあるじゃん? それで、なんか閉店したらしくてさ」
「あー……」
「で、フランチャイズのケーキ屋さんになってた」
「へーっ」
アイスコーヒーをひとくち。
「でさ、行ってみたらさ。なんと、中のスタッフさんはだいたい一緒だったの」
「えぇ。そんなことってある?」
「らしい。のれん分け、ていうんだっけ? よくわかんないけど」
一瞬の間ができる。視点が、アイスコーヒーから正面に向いた。
「……で、美味しいの?」
瞬きした瞬間、自分の黒いまつげを捉えた気がする。
「……知らん」
「知らんのかーい」
「あ、シュークリームは安かった」
とんでもなく雑なやりとり。それでも私たちは、喋り続けていなければ息が詰まる生き物だった。向かいがスマホをいじりだしたので、とりあえずこちらもスマホの画面に人差し指を差し出した。
無言で向かい合い、スマホの盤面の上でムニムニと指を滑らせる。会話の種を補充していた。ぶっちゃけ、やることがあれば別に喋んなくてもいい。そんな、都合のいい生き物。
「ケーキ、食べたくね?」
「じゃあ、キハチ」
「ちょっと高くない?」
「うん……」
お互い、顔が正面を向いてから、すっと息を吸う。
「奢って」
ふたり同時に、そう言っていた。
「やば」
「やばいね」
そこがハモるのかよ。
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