情景284【湯けむりと夕の陽】
ヘンな風呂の入り方をするヤツだなって、思った。今でもそう思っている。相方のこと。
まだ夕方の、外では運送トラックやバイクの行き交う音が聞こえるような時間帯に、風呂に入りたがった。沸いたことを知らせる音が鳴ると、
「うし、入ろうぜ」
とか気軽に言ってくる。
「まだ早くない?」
「夕方だからいいんだろ。早い時間からゆっくりくつろいでさァ——」
「ゆっくりって言われてもねェ。晩ごはんの支度とかあるし。ビールだけで生きていけるならいいけどさ」
そう言うと、人差し指をメトロノームのように立てて振り、得意げに言う。
「風呂はな。お湯につかって窓を開けて、外の風を浴びながら入るから、最高なんでしょうが」
「え、窓開けんの? ひとりで入ってろ」
相方は踵を返し、揚々と風呂場に向かっていった。
ずいぶん前の、一緒に風呂に入った時の記憶を遡ると、確かこう。
このひとは素っ裸で風呂場に仁王立ちして、風呂桶を握り、かろうじて足が延ばせるくらいの湯船に溜まった湯を桶に汲んで、わっと天井にぶちまける。それを数度繰り返して、仕舞いには塗装された白い板壁に湯をぶっかけた。
ばしゃんと音がなり、浴室で湯気がますます濃くなっていく。桶から飛び出た湯がしぶきになって跳ね、ぬるい雫が天井からひたひたと垂れてきて、私は立ったままあっという間にずぶ濡れになった。
湯気がけむりのように立ち込めて、むわっと熱気が自分たちの体を包む。湯けむりが立ち込める中、擦りガラスの窓の向こうから西日が差し込んできた。
すると、このひとは窓を少し開ける。湯気の中を切り込むように夕陽の筋と風が入ってきて、それが私の肌に触れた。ただただ、静かに触れてきた。
彼は自慢そうに、
「この空間がいいんだよ」
と言って、湯をひっかぶっている。
——うん。わかるかも。
でも、お願いだから次からはひとりで入れ。
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