情景184【此の稿を】

 珍しく、今朝は早くから執筆に勤しみはじめた。

 どうせ集中力は長く続かない。朝の目が覚めたうちから珈琲でも手元において、窓越しに外の未だ漂う冷めた空気を感じ取りながら、パソコンを開く。

 珈琲の香りと湯気が指の背中側に触れた。鼻で息を吸えば、空気は鼻の根をツンとついてから切り返して胃の底の方へ向かう。香りをくれた珈琲の方に視線を向け、意味もなくニヤリとしてしまった。それから、キーを打って淡々と原稿の続きを書き溜める。

 少しして、同居人がのそのそと起きだす気配がした。そのあとすぐに彼が扉を開けて、瞼をこすりながらリビングに入ってくる。寝巻を体に巻いてだらしなく垂らすように、寝起きの男の印象なんてそんなもの。

「……おはよう。今日は早いね」

「おはよ」

 まァ、たまにはね。

 足の裏に床暖房のほのかな熱が伝わる。この部屋は一足先に一日を始めていた。

「待っていて。すぐに朝の支度をするから」

「じゃあ、パンをトースターに突っ込んどくよ」

「うん。私も、の稿を書き終えたら——」

 書き終えたら、なんて言いつつ、途中で保存して支度にかかった。


 ——まァ、私も寝起きはあんなものだろうから。

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